お墓を建てることが天職となったきっかけ。

◆震災で得た誰かのために生きていくこと◆

但馬、豊岡のお墓のプロ、大北です。
私がこの仕事を始めたきっかけとなったのが、
「阪神淡路大震災」でした。
これがなければ、今この仕事をしていなかったかもしれません。
その頃の思い出です。

1995年1月17日、
阪神淡路大震災が発生しました。
私はその一週間後、
阪急西宮北口まで電車で行き、
駅構内の張り紙を見て
市立本山南小学校にあった
避難所のボランティアに合流しました。

仕事に喜びを持てず、
どうしようもない閉塞感を抱いていた私は、
その非難所で一週間あまり、
ボランティアをしました。

仕事にやりがいを見つけることが出来ず、
今の環境から逃げたい一心でした。
はっきり言って当時は
このボランティアを一生の仕事にしたい、
とさえ思いました。
今考えれば、非常に甘い、気分だけの考えですが。

父から逃げたい、
仕事から逃げたい、
そんなことばかり考えていた私は
避難所で被災者のお世話、
救援物資の仕分け、
夜間パトロールと
一日中へとへとになるまで働いていました。

だけどなぜか、楽しくて仕方なかったです。
どうしてあんなに楽しかったのか。

同世代の若い人ばかりで昼夜を通して働いていると、
なんだか不謹慎ですが
学生時代を思い出しました。
そういうのり、が楽しかったのもあります。

でもそればかりではありません。
全てを失った被災者に少しでも力になりたい、
手助けをしたいという気持ちが強かったと思います。

そして、いまだに強く覚えていること。

家族を失い、家を失ったおばさんがいました。
一人にすれば自殺でもしかねない様なおばさんでしたが、
私たちの一生懸命のボランティアに対して
涙を流して喜んでくれた。
「ありがとう」って
言ってくれた。

あの時のおばさんの一言を聞いたときの
感動、充実感、満足感、
おばさんと心が通じ合ったと感じた喜びは
とてつもないものでした。

「どうしてもあの時の気持ちをもう一度、
感じたい。取り戻したい」
今考えれば、非常に薄っぺらで、幼稚で、
不謹慎で、情けない考えではありますが、
その頃の私にとって、その気持ちは
一番の「宝」でした。

今の仕事に対する心構えの原点は
それしかないのかもしれません。