昭和50年代から平成10年あたりまでのお墓は。。。


こんばんわ。
兵庫県豊岡市のお墓と墓石のアドバイザー、おおきた石材店、大北和彦です。

今日はお墓の移転のため、古いお墓のお墓じまいと土葬のお墓の遺骨探しをしました。

土葬のお骨探しは実は、経験を積めば、ある程度掘りあてられます。一度墓穴(棺を納めるための穴)を掘ったら、埋めた後も周囲の土と色や硬さが違うので、何となくわかるのです。
しかも、土葬に使った棺は基本、木製なので、土中で経年後には、黒く炭のようになってしまうので、黒い炭のようなものが出てくると、そろそろだなってなんとなくわかるのです。

本日は昭和39年に土葬された遺骨の一部を掘り当てました。いつもの感じですね。炭が出てきて、その下から出てきました。

 

さて、今日のお題はそれではなく、古いお墓の話。といっても、昭和50年前後くらいから、平成10年くらいまでのお墓です。この時期、お墓の石が国産から外国産の石、主としてまず韓国産の石が入ってきました。日本の石、おおきた石材店では日本の石では「青木石」とか「大島石」などが国産の石としてよく使っていました。それと並行して韓国産の「陰城」という石をよく使ってお墓を作っていました。その頃のお話です。

個人のお墓から、家族、一族の墓としての大きい代々墓を誰もが建て始めた頃です。経済成長が一段落したとはいえ、右肩上がりの頃です。その後のバブル景気の頃も相まって、たくさんのお墓が建てられました。

世の中の常として、急激に売り上げが上がったりすると、サービスが低下してしまうもので、この頃のお墓って、一番品質が良くありません。特に、施工に関して、あまりいいものが多くないという印象があります。

御多分に漏れず、おおきた石材店でもいい建て方をしていないお墓が、お墓じまいしたりすると、分かってしまったり。。。しますね。。。しかし、今回はおおきた石材店で建てたお墓ではないのですが、やはりあまりいい建て方をしていなかったですね。

お墓を建てるのは今は接着剤を使用が当然ですが、それも関西、特に兵庫県北部は20年くらい昔はそんなもの一切せず、お墓を建てていました。大きめの地震が来たら、間違いなく倒壊、という建て方です。

昭和初期までのお墓は。。。

竿石の裏側ですが、

IMG_20191210_082850

このようになっています。周囲はまっすぐですが、内部がえぐってますね。これは「二番をとる」といって、内部が下の石と当たらないように抉るのが、普通の加工でした。

そして、下の台石の上、つまりこの上の面と接する部分は、

IMG_20191210_083217

このように、上の写真と示し合わせた位置をえぐってあります。上の石と下の石を重ねた時、石同士の内部が当たってしまうと、グラグラする原因になったり、それを支点として、上の石(竿石)が回転してしまったり、滑り落ちてしまったりするからです。

このように、「荒らす」とか「二番をとる」という加工はこの頃は当たり前だったのですが、昭和の終わりごろから平成のはじめ頃になると、その加工をしなくなってしまって、竿石がずれたり、回転したり、といったことが散見されるようになりました。

実際、左右どちらかにズレているお墓はよく見ますし、竿石が回転しているお墓も見たことがあります。

この時期に建てられたお墓は大きな地震が来たら、真っ先に倒れたり、回転したりする可能性が高いので、十分注意しましょう。リフォームで耐震性を高める構造に加工仕直すこともできます。

 
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大北 和彦(おおきた かずひこ)
1966年生まれ。昭和元年頃から続く「大北石材店」3代目。さほどの強い動機もなく始めた石材業だったが、仕事を通じて石にかかわる楽しさ、墓の素晴らしさに目覚め、お墓のプロの証「お墓ディレクター2級試験」第1回試験に合格、その翌年初めての「お墓ディレクター1級試験」にも一発合格し、但馬で唯一の「お墓ディレクター1級を取得する石材店」となる。
本人は兵庫県でも指折りの「お墓好き」を自任するが、その大好きな墓石について、困っている、悩んでいる人が多いことに気づき、墓石についての疑問・質問に答えるため「お墓Q&A」をブログにて執筆中。
1000記事を目指している。