「大地に還る」という言葉があります。
亡くなった方が土に還り、また自然の一部になる。日本人が古くから持ってきた、死と再生への感覚です。
でも、ふと考えてみてください。今の時代、お骨は本当に「土に還っている」のでしょうか?
答えは、ほとんどの場合、「還っていない」のです。
火葬によって、骨は「微生物が分解できない物質」になる
現代の火葬炉の温度は、800〜1,000℃にも達します。この高温で焼かれた骨(焼骨)は、生きていたときの骨とは性質がまったく異なります。
生の骨にはコラーゲンなどの有機成分が含まれており、土中の微生物によって分解されます。しかし高温で焼かれた焼骨は、有機成分がほぼ完全に焼き切られ、主成分はリン酸カルシウムを中心とした無機物だけが残った状態になります。
この無機物は、工業的にはセラミック素材としても使われる物質に近く、微生物が分解できません。分解されるとしたら、雨水や土壌の酸性成分による、ごくゆっくりとした化学的な溶解だけです。数百年、場合によってはそれ以上の時間がかかるとも言われています。「土に還る」という感覚とは、大きくかけ離れた現実です。
カロートの「閉じた環境」が、さらに「還る」を遠ざける
焼骨はそのまま土に埋葬されるわけでもありません。骨壺に収められ、お墓の納骨室(カロート)に安置されます。
ここで見落とされがちな点があります。土葬の場合、遺体は土中に直接埋められるため、土壌の微生物・水分・酸性成分と常に接触しています。一方、カロート内の焼骨は、コンクリートや石に囲まれた閉じた空間に置かれ、土とほぼ接触できない状態になっています。
つまり焼骨は、①有機成分が失われ微生物が分解できない、②土と接触できず化学的溶解も起きにくい、という二重の理由で、大地に還ることが極めて難しい状態に置かれています。
骨壺の素材にもよりますが、特に焼き物(陶磁器)の骨壺は、土中でも非常に長い時間かけてしか分解されません。「大地に還る」どころか、骨壺という密閉空間の中で、長い時間をそのまま過ごしているのが現代のお骨の実態です。
また関西では、骨壺から出して、そのまま、あるいは納骨袋に移して、お墓の中に収蔵する、というスタイルですが、その場合も下は土の場合がほとんどですが、その上に乗っている状態なので、ごく一部でしか土と接触できません。
「樹木葬なら自然に還れる」は本当か?
近年、「樹木葬」が注目を集めています。「木の下に埋葬されて、自然に還れる」というイメージから選ばれる方も多いです。
ただし、実態はさまざまです。
多くの樹木葬では、焼骨を骨壺または布袋に入れたまま、あるいは粉砕して直接土中に埋葬します。骨壺なしで直接土に埋める場合は、焼骨がより早く土に触れることになりますが、それでも有機成分が失われた焼骨が完全に分解されるまでには、相当な時間がかかります。
最近の樹木葬では全く土に触れることなく、土の中に安置される構造の樹木葬も多いと言われます。
また、施設によっては区画の使用期限が設けられており、一定年数後は合祀(ごうし)墓へ移される仕組みのところも多くあります。「木の下で眠り続ける」というイメージとは、必ずしも一致しないケースがあることを知っておく必要があります。
「大地に還る」という感覚は、なぜ生まれたのか
土葬が主流だった時代、人は亡くなるとそのまま土中に埋葬されました。有機物である遺体は、時間をかけて微生物に分解され、文字通り大地の一部になりました。「大地に還る」という感覚は、この土葬の時代に根ざした、とてもリアルな体験に基づくものでした。
また昭和30年代までは、農村部を中心に火葬率は決して100%ではなく、土葬の風習が残っていた地域もあります。「大地に還る」という言葉には、そうした時代の記憶が重なっています。
現代はほぼ100%が火葬となり、埋葬の形も大きく変わりました。しかし言葉や感覚だけが残り、実態と感覚の間に大きなずれが生じています。
では、私たちはどうすればいいのか
「大地に還れないなら、どうすればいいのか」——この問いに、ひとつの答えはありません。
ただ、知った上で選ぶことが大切だと思います。
骨壺のまま丁寧に安置する。それはそれで、大切なご遺骨を守るという意味では意義があります。実際に、信頼棺®のような雨水が入らない納骨室に、骨壺のままきれいな状態で安置されることを望む方は少なくありません。
一方で、「やはり土に還したい」という気持ちを大切にして、本当に骨壺を使わずに直接土に埋葬できる方法を選ぶ方もいます。そのためには、お墓の構造から考え直す必要があります。
次回予告——「両墓制」という、もうひとつのお墓の形
実は日本には、「大地に還す」という感覚と「お参りする場所を守る」という感覚を、ひとつのお墓ではなく二つのお墓で両立させようとした文化がありました。
「両墓制(りょうぼせい)」と呼ばれる仕組みです。遺体(または遺骨)を埋葬する「埋め墓」と、お参りするための「参り墓」を別々に設けるという考え方で、かつては西日本の農村部を中心に広く見られました。
次回は、この「両墓制」と、現代のお墓への示唆についてお話しします。「大地に還る」という願いと「供養する」という行為を、どう両立させるか——そのヒントがここにあるかもしれません。
※ご依頼を前提としない、お墓に関するどんなご質問でもお気軽にどうぞ

















