「お骨を土に還す問題」の答え
おはようございます。
兵庫県豊岡市のお墓と墓石のアドバイザー、おおきた石材店です。
息子の引っ越しのため、岡山に行ってました。往復400キロ。軽トラックで。
少々疲れ気味ですが、頑張ります。
「お骨を大地に還すため、って言われたんで 」と骨壺から出して、お墓に納骨されるお客様、豊岡市および兵庫県北部ではまだ、一定数いらっしゃいます。
この辺りで、一つ結論を提示したいと思います。
「お墓を大地に還す」問題とは?
土葬時代のお骨は。。。
土葬の時代、お骨はすべてが大地に還るものでした。
そして、その人すべてのお骨が大地に還った時、その人は祖霊となって、その家を守ってくれる存在となる、というのが大きな考え。だから、その家、村が一望できる里山というか、裏山の小高い場所、その様子が見える場所に埋葬されたのです。昔のお墓はそういう見晴らしがいいけど、上がりにくい山の上とかが多い理由はそういう意味です。土葬なので、1mから2mくらいの深さの「墓穴」を掘って、そこに棺桶ごと埋葬したのですね。
正しく「大地に還る」。50年もすれば、すべてが分解されて、大地に還ってしまいます。
火葬時代のお骨(焼骨)は。。。
一方、土葬の時代から、火葬の時代に変化して、
火葬、つまりなくなるとすぐに非常な高温で焼かれて、ご遺骨のみ、焼骨として還ってきます。さてそうなると、意外に皆さんご存知ないように思いますが、焼骨は土葬された遺骨とは全く別物となってしまっています。
高温で焼かれることにより、化学変化を起こし、セラミック化してしまい、「大地に還りにくい存在」となるのです。
お墓の構造も違う。土葬と火葬
更に、今のお墓の構造も大きく異なります。
昔のお墓は、先ほどの墓穴にご遺体を埋め、ある程度風化して、棺桶などが朽ちると、「棺の底が抜ける」と言いますが、棺桶の隙間の空間に土が入り込んで、棺桶があった場所が窪んで穴が開いたようになります。そうなったら、その上に小さ目なお墓を建てる、というのが正しい建墓スタイルでした。ですから、基本個人のお墓、場合によっては、夫婦とか、子供も入れて3人とかのいわゆる「個人墓」のスタイルだったのです。
ところが、現代は、土葬をしません。つまり墓穴を掘らないので、墓地にそのままお墓を建てます。場合によっては「寿陵墓」といって、生きている間に自分で自分のお墓を建てたりします。しかも、個人のお墓ではありません。「家墓」とか「代々墓」とかいって、家族全員のお墓、その家系にまつわる人々のお墓となります。火葬になったから成立するお墓ですね。
しかも、家族のお墓なので、たくさんの焼骨を納めたいということで、お墓が巨大化してきます。やはり小さなお墓には少ししか焼骨を納められませんし、大きなお墓にはたくさんの焼骨を納めることができます。
火葬時代のお墓は「土に還る構造」を装備してない
ですがここでよく考えてください。
お墓の内部に遺骨の安置場所、つまりカロートがあるのですが、そこに穴を掘って焼骨を納めて、その上に土を被せるって、できますか? いくら大きくなったとはいえ、お墓の中でですよ。仮にお墓施工時に一緒に納骨だとすると、不可能ではないかもしれませんが、お墓を建てた後、亡くなって火葬後の焼骨を納める場合、想像しても無理です。
今の構造のお墓で、焼骨を大地に還すってほぼ無理なのです。
よく、「土に還すから、骨壺から出して、お墓の中に撒いておいてください」とかお寺さんとかが言われる場合が稀にありますが、
「絶対にそれでは土に還りません」
だって、還るような構造のお墓ではないのですから。それでも、昔からの、土葬時代の名残として、そういわれるんでしょうね。それを聞いてた古老が、年配の親せきのおっちゃんが、そういわれるのでしょうね。
まとめ
残念ながら、今のお墓の構造では焼骨は「土に還らない」です。お墓自体の構造と納骨のスタイルを変えないと、焼骨はほぼ土に還りません。
むしろ、骨壺ごとお墓に収めるのが、おそらく今のお墓では正しいスタイルなのだろうと思います。そして、お墓の引っ越しをするときに備える。それこそが最も正しいお墓への納骨スタイルなんだと思います。
かつて、お墓とは、生まれたところにあって、死んだらそこに埋葬されて、そのお墓はご先祖様と子孫たちとともに、ずっとそこにあり続ける。ものでした。ですが、現代人が昔と違って、土地を離れ、いろいろな場所に移り住んで、そこで家族を作るという生活に変化してきて、お墓だけその土地に居続けるということが難しい時代になっています。
お墓も移動することが前提となるなら、骨壺で納骨する方が現代にあった供養の方法ではないかと思います。